

科楽舎のストーリー
いつの時代も、変革の大きな流れへとつながる、最初の「一粒の水」が存在するに違いありません。
子どもたちの目線で時代に抗う、情熱的な教員たちが とった行動が、まさにその一粒だったことを知るストーリーを、これから少しずつ紡いでいくことにしましょう――。
「次いつするの?」― 仮説実験授業との出会い
1976年、当時小学校教員になったばかりだった代表は、毎日の授業運営に苦戦していました。
子どもたちの姿勢が少しずつ崩れていきます。頬杖をつき、視線は教科書ではなく、窓の外で揺れる桜の葉へ。
「あのアリは、どこまで行くんだろう」
「雲の形が、さっきの計算式の『8』に似ているな」
空想の世界はどこまでも広がりますが、教室の空気は重く、停滞しています。子どもにとって、その45分間は果てしなく続く砂漠を歩いているような感覚なのです。
「授業をもっと楽しくする方法はないのか?」

当時の代表
そんなある日、ある教員の会合で中学校の数学の先生に「仮説実験授業だと、子どもたちがすごく興味を持って授業に取り組むよ」と教えてもらいました。その先生も、小さな中学校なので免許外の理科の授業を持たされて困っていた時にこの授業に出会ったそうです。
早速本屋に行き、代表が手にとったのは「仮説実験授業」の本でした。
そこには〈問題→予想→討論→実験を繰り返すことで子どもたちは楽しく科学の原理を学ぶことができ、最終的にはその原理を使って未知の問題に対しても正確に予想できるようになる〉とありました。
──「このやり方に賭けてみたい。もしかしたら、とめどなく形を変える雲のように、子どもたちの自由な創造力を引き出せるかもしれない」。
その授業後に子どもたちから出た言葉は「先生、これ、次いつするの?」というものでした。
早く次の授業を受けたい、という好奇心のまなざしを見た時、代表はこの授業法の威力を確信しました。子どもにとってだけでなく代表にとっても、これが成功体験となったことは言うまでもありません。
代表はそれからも仮説実験授業を教室に取り入れるようになりました。子どもたちの反応が変わってきたことに手応えを感じながら・・・。
しかしこれは、その後の大きな流れへとつながる、「一粒の水」に過ぎないことを、この時の代表はまだ知りませんでした。
か が く しゃ

岡山仮説サークル
一方、中学校教員をしていたM氏が、仮説実験授業を実践する仲間と小さな研究サークルを立ち上げたのは、1985年のことでした。
参加者は、わずか数名。学校の授業がない土曜日の午後、貸し会議室に集まっては、それぞれが試みた授業の記録を持ち寄りました。
代表がこのサークルに参加したのは、1990年ごろです。

岡山仮説サークル立ち上げの頃の写真
成功例だけを並べても、授業は見えてこない。
うまくいかなかったのはどんな時なのか。
子どもたちが首をかしげた瞬間、予想が外れて教室がざわついた場面、沈黙が流れた時間――そうした一つひとつの出来事にこそ、授業を改善していくヒントが潜んでいるのではないか。
それぞれが教室で感じていた手応えと戸惑いを、仲間の前で言葉にできる場所、それが「岡山仮説サークル」でした。

実験をするM氏
「子どもが、自分で次の問題を出してきたんです」
「説明しすぎない方が、かえって考え始めるみたいで……」
そんな報告に、誰かがうなずき、誰かが首をひねる。
その繰り返しの中で、仮説実験授業は、誰かの“特別な方法”ではなく、みんなで育てる“生きた実践”へと変わっていきました。

研究サークルに加わる仲間が、一人、また一人と増えていきました。それは、決して大きな運動ではありませんでした。
看板も、派手な理念もない。けれど確かに、教室の中で起きている小さな変化が、人から人へと静かに伝わっていく――そんな流れが、生まれ始めていました。
あのとき、半信半疑で手に取った一冊の本。
あの一言「先生、これ、次いつするの?」
あれは、偶然ではなかったのかもしれない。
子どもたちの問いは、教室の外へと、確かに広がり始めていたのです。
そしてこの小さな研究サークルが、やがて多くの教室と教師を結びつける場へと育っていくことを、まだ誰も、はっきりとは想像していませんでした。
ただ一つ確かなのは、問い続けることそのものが、もう始まっていた、ということでした。
わくわく科学教室
研究サークルでの対話を重ねるうちに、代表とM氏は、次第に同じ感覚を共有していることに気づいていきました。
教室の中で起きている変化。
子どもたちの目の輝き。
そして何より、「もっとやりたい」「次はどうなるの?」という、止まらない問い。
ある日、代表がM氏に言いました。
「岡山でも、学校の外で科学教室をやってみようと思う。笠岡で学校外の科学教室の講師をやらせてもらったけれど、すごく楽しかった。子どもたちもすごく楽しんでくれた。」
学校という枠を越えて、もっと自由な場で、子どもたちが思いきり考え、試せる場所。
代表は、あの雲のたとえを思い出していました。
――形を変え続ける、自由な創造力。
二人の考えは、やがて一つの形を持ち始めます。
世の中では、学校週5日制の試行が始まっていました。
そんな中、学校外でも仮説実験授業を行いたいと思う教員有志が集まり、月1回、休みになった土曜日の午前中に開催したのが「わくわく科学教室」でした。
1993年の4月のことでした。

名前のとおり、難しい理屈よりも、「わくわくすること」を大切にした教室でした。
問いを立て、予想し、実験し、また考える。
正解にたどり着くことよりも、考える過程そのものを楽しむ場でした。

最初は、こぢんまりとした開催のつもりでした。
定員も控えめに設定し、手作りのチラシを、近隣の公共施設、お店などに置いてくれるように頼んで回ります。近くの小学校にも始業式に配布してくれるようにお願いしました。
ところが――。
申し込みは、予想をはるかに超える勢いで届きました。
電話が鳴り止まず、定員はあっという間に埋まってしまいます。
「まずいですね……」
そう言いながら、二人は慌ててチラシを回収して歩くことになりました。
嬉しい悲鳴、とはまさにこのことでした。

わくわく科学教室が始まると、子どもたちの反応はさらに確信へと変わります。
実験に身を乗り出し、友だちの意見に耳を傾け、思いついたことを臆せず口にする。
終わった後には、決まってこんな声が上がりました。
「もう終わり?」
「次はいつ?」
その言葉は、かつて代表が教室で聞いた、あの一言と同じでした。
評判は口コミで広がり、「わくわく科学教室」は、やがて三コースにまで増えていきます。手応えは、確かにありました。自分たちのやってきたことは、間違っていなかった。子どもたちは、自分で考える力を、確実に育てている。
けれど、その一方で、新たな悩みも生まれていました。教室の開催場所が定まらないのです。

旧県立児童会館からふれあいセンター、里山センター、サイピアへ……。利用できる場所を探しては移動し、そのたびに準備をやり直す。環境が変わることで、できる授業が制限されることもありました。
「落ち着いて、腰を据えてやれる場所があれば……」
そんな思いが、二人の間で次第に大きくなっていきます。
わくわく科学教室の参加者は、確かに広がっている。けれど、それを支える“土台”が、まだ定まっていない。
この悩みが、やがて次の大きな決断へとつながっていくことを、代表とM氏は、まだはっきりとは言葉にしていませんでした。
ただ、問い続けることだけは、やめなかったのです。
「子どもたちにとって、本当に必要な場とは、どんな場所なのか」
その問いは、また新しい一歩を促そうとしていました。

“科楽舎”の誕生 ~育てたいのは自信と意欲~
教室を重ねる中で、「わくわく科学教室」は確かな手応えを得ていきました。
子どもたちは集まり、問いは生まれ、学びは確かに育っている。
それでも、代表とM氏の胸には、次第に別の思いが芽生えていました。
仮説実験授業をいつでもできる常設の拠点を持つ――。
それは、夢のある話であると同時に、大きな決断でもありました。
だからこそ、中途半端な場所にはしたくない。代表は理想の空間をカタチにするため、具体的な設計へと一歩を踏み出しました。

時を超えて・・・
設計にあたって、代表には譲れないこ だわりがありました。
屋根は、三角形。
子どもが家を描くとき、自然と描いてしまう、あの形。
中に入ると、木の質感がやさしく伝わる、ナチュラルで温もりのある空間。
「勉強する場所」ではなく、「考えたくなる場所」にしたかったのです。

そして、もう一つ。
教室に置かれるテーブルです。
学校のような四角い机ではなく、丸いテーブル。境界がなく、どこからでも話に入れる形。

それは、子どもたちの自由な発想のようでもあり、原子の粒のようでもありました。
「ここなら、意見に “前” も “後ろ” もありませんね」
M氏のその言葉に、代表は思わず笑いました。
こうして生まれたのが、常設の科学教室「科楽舎(かがくしゃ)~科学を楽しむ学び舎~です。

小さな一粒は全国に
扉を開けて入ってくる子どもたちは、まず空間を見回します。
木の匂い、丸いテーブル、天井へと伸びる三角屋根。
「なんか、学校と違う」
ここは、正解を覚える場所ではありません。
自分の頭で考え、確かめ、楽しむ学び舎なのです。

科楽舎は、まだ小さな存在です。
けれどそこには、教員たちが積み重ねてきた実践と覚悟が、確かに息づいています。
この場所から、どんな自信 と意欲を持った子どもたちが生まれていくのか。
それはまだ誰にもわかりません。
ただ一つ確かなのは、科楽舎が、子どもたちの「たのしく考え続ける時間」を、これからも支えていく、ということです。
「授業をもっと楽しくする方法はないのか?」
たった一人の教師の、子どもへの共感から始まったストーリー。
その最初の一粒が、ここ岡山で他の粒を集めて小さなかたまりとなり、やがてもっと大きなかたまりとなっていく――。
「たのしい授業」は、全国の同じような志を持つ仲間がそれぞれに始めているストーリーと合流し、時代に押し流されることなく、確かな大きな流れとなって、これからも教育を支えていくことでしょう。

~インタビューと大いなる空想を交えて~ 科楽舎応援団